テレビ業界にいると、誰もが一度は口にする言葉があります。「結局、ライブスポーツが最強のコンテンツだよね」と。確かに、筋書きのないドラマ、その一瞬にしかない熱狂。これに勝るものはないかもしれません。しかし、その「最強コンテンツ」を巡る水面下では、地殻変動ともいえる激しいビジネスゲームが繰り広げられているのです。ふと、そんな業界の裏側を鋭く切り取った、実に興味深いインタビュー記事を見つけました。
こんなニュースを見つけました
- 出典: SVG Sit-Down: Inside the Sports Rights Landscape (and the new IMG) with Andrew Demsey, IMG SVP, North America Rights
- URL: https://www.sportsvideo.org/2025/11/03/svg-sit-down-inside-the-sports-rights-landscape-and-the-new-img-with-andrew-demsey-img-svp-north-america-rights/
この記事で語られているのは、スポーツビジネスの巨人、IMGが描く未来戦略。今回は、同社の上級副社長アンドリュー・デムジー氏の言葉を羅針盤に、スポーツ放映権ビジネスの現在地と、その先にある新たな航路を読み解いていきましょう。
エンタメとの融合が生んだ「化学反応」

まず驚くべきは、IMGが単なるスポーツ権利の代理店から、全く新しい存在へと変貌を遂げた点です。その引き金となったのが、ハリウッドの巨大エージェンシーWMEとの合併でした。これにより、WMEが持つエンターテインメントやタレントの力と、IMGが築き上げてきたスポーツ界のネットワークが、ガツンと音を立てて融合したのです。
結果、何が起きたか? それは、アスリートを起用したオリジナルコンテンツ制作のような、これまで誰も手掛けてこなかった領域への進出でした。もはや、放映権を右から左へ流すだけのビジネスではありません。自らコンテンツを創造し、アスリートの価値を多角的に高めることで、クライアントに全く新しい価値を提供する。実のところ、異なる組織文化の融合は「言うは易し」で、スポーツ界の伝統とエンタメ界の興行主義の間には、想像以上の軋轢があったことでしょう。しかし、その壁を乗り越えた先に、IMG独自の強みが生まれたのです。
「大学スポーツ」という揺るぎない金脈

さて、IMGの戦略を語る上で絶対に外せないのが、彼らの巨大な収益基盤となっている大学スポーツ事業です。特にアメリカでは、NCAAに代表される大学スポーツは、プロスポーツに匹敵するほどの熱狂と巨大なマーケットを誇ります。IMGはこの金脈に早くから着目し、主要大学のマルチメディア権を長期契約で包括的に獲得するという、実に抜け目のない戦略をとってきました。
これは単なる放映権ビジネスにとどまりません。スポンサーシップからライセンス商品まで、大学の事業運営そのものに深くコミットするパートナーシップモデルなのです。これにより、IMGは安定した収益を確保するだけでなく、未来のスター選手たちが生まれる土壌を根底から支える存在となっています。ちなみに、最近話題のNIL(学生アスリートが自身の名前や肖像で収益を得る権利)の登場で、この市場はさらにダイナミックに変化しています。2015年当時には想像もつかなかった動きでしょうが、IMGのようなプレイヤーにとっては、むしろ新たなビジネスチャンスがゴロゴロ転がっている状況かもしれません。
デジタルシフトの波と「データ」という新たな武器

デムジー氏が語っていた当時、デジタル配信はまだ従来のテレビ放送を補完する「補完的な」役割と見なされていました。しかし、今やその力関係は逆転しつつあります。この変化を予見していたかのように、IMGはデータとアナリティクスへの投資を強化してきました。
彼らの狙いは明確です。収集した膨大な視聴者データを分析し、「ファンが何を求め、何に熱狂するのか」を解き明かすこと。そして、そのインサイトを武器に、クライアントであるリーグや連盟に対して、より価値の高いコンサルティングを提供する。これは、権利交渉という旧来のビジネスモデルからの、鮮やかなピボット(方向転換)と言えるでしょう。もはや「この試合はいくらで売れるか」ではなく、「このファン層にどうアプローチすれば価値が最大化するか」を問う時代。その答えは、データの中にこそ隠されているのです。スポーツベッティングやeコマースといった新たな収益源の創出も、すべてはこのデータ戦略の延長線上にあります。
変わるもの、変わらないもの。そして次なるフロンティアへ

どれだけメディア環境が変化し、視聴者の時間の奪い合いが激化しようとも、IMGは「ライブスポーツ」というコンテンツが持つ本質的な価値は不変だと確信しています。問題は、このプレミアムな価値を、いかに多様なプラットフォームで最適にパッケージングし、収益化していくか。その一点に尽きるでしょう。
そして、彼らの視線はすでに次のフロンティアへと向けられています。主要リーグの権利料が高騰し、頭打ち感が見え始める中、IMGが熱い視線を送るのが、女子スポーツやニッチスポーツといった未開拓領域です。特に女子スポーツの成長は著しく、ファンエンゲージメントの高さやスポンサーへの好意的な反応は、新たな投資先として極めて魅力的だと言われています。これもまた、データ分析によって見出された、新しい価値の形なのです。
巨大な資本とデータを武器に、エンターテインメントとスポーツの垣根を越え、次々と新たなビジネスモデルを構築するIMG。彼らの描く未来図は、私たち映像業界に身を置く者にとって、多くの示唆を与えてくれます。さて、あなたはこの巨大エージェントの次の一手を、どう読み解きますか? そして、日本のスポーツビジネスは、この潮流の中でどのような舵取りをしていくべきなのでしょうか。

